003:荒野

「……なに、これ」
 瑞枝が呆れるもの無理ないだろう。
 何せ敦美自身、十分過ぎるほど呆れているのだから……。

 

 

 

 敦美は今、冬休み中ということで出た、家庭科の宿題をしていた。
 友達の瑞枝と一緒に、彼女の家にお邪魔をして。
 義務教育も残すところ約1年となった彼女たちに出された宿題は、手芸。
 何か冬休み中に作っておいで、ということである。
 苦手な人は、タオルをミシンで縫って雑巾、でも構わないとのこと。
 しかし時間をかけたり、手の込んだ物を作れば、その分点数は高くつけるという。
 何とも休み明けに集まった手芸作品に、出来上がりの差が大きく出るであろうやり方だ。
 前々から編み物をしてみたいと思っていた敦美は、それが得意である瑞枝に訊いてみた。
 一緒に編み物をしてくれないか、と。
 断られるかと思ったが、元々簡単なマフラーでも作ろうと考えていたため、瑞枝は快く了解したのである。


 そしてマフラーを編み始めて今日で3日目。
 敦美の――というより瑞枝の努力の成果が、ようやく出てきた。
 なかなか編み方を覚えることが出来ず、一向に進まなかったのだが、何とか今日は順調のようだ。
 黙々と編み続ける敦美に安心して、瑞枝も自分のマフラーに取りかかる。
 これならば今日だけで20cmは編めるだろうか?
 表から見ても裏から見ても編み模様が同じである、ガーター編みを教えた。
 ひたすら同じ編み方であるから、慣れてしまえば比較的簡単だ。
 それほど敦美は大雑把な性格でもないので、目を落とすこともないだろう。
 ――そう思っていたのに。

「……ある意味天才だよ、あんたは」

 瑞枝ぇ…、と泣きそうな声を出されて、瑞枝は手を止めた。
 目の前にはやはり今にも泣きそうな敦美。
 一体どうしたのだ、と訊いてみれば、彼女は黙々と編んだマフラーを見せる。
 思った以上に進んでおり、冬休みギリギリまでかかるかもしれない、という瑞枝の予想は外れそうだ。
 そのことに喜んでいたのだが、一瞬自分の目を疑った。
 確かに、確かに敦美のパープル色のマフラーはかなり編めている。
 が、どう見ても長方形ではない。
 つくり目は26目だった。10段近くまでは目も落とさず綺麗だ。
 しかし、そこから明らかに両端から2、3目落としている。1段に1目ずつくらいだろうか。
 更に驚くことに、落とし続けているわけではなく、5段ほど編んだ後はまた26目に戻っている。
 それが3回ほど続いていた。
 つまり彼女の編んだマフラーは、両幅がゆったりとした波型になっている、というわけである。
 しかもこのまま編み続けても、延々とそれは続きそうだ。
 考えてやっていてもすごいと思うが、彼女の場合無意識というか、こうなってしまったというか。
 瑞枝がある意味天才だ、と漏らすのも無理ないだろう。
 一方、上手く編めていないことに不満があるのは敦美だ。
 目を落とさないように編んでいたつもりなのに、気付けば幅が細くなったり、元の長さに戻ったり。

「瑞枝…、どうしたらいい?やっぱまた最初からやり直し…?」

 かなり集中して編んでいただけに、今から解いてしまうのは勿体ない。
 しかし敦美が編みたかったのは、瑞枝が編んでいるような綺麗な長方形のマフラー。
 本当に、泣きたくなる。
 敦美は俯きながら、編み棒をマフラーから抜こうとした。

「あぁ〜、ストップ!」

 が、それは瑞枝の声に阻まれる。
 きょとんとしている敦美に対して、笑みを浮かべているのはもちろん瑞枝だ。

「せっかくここまで編んだんだし、最後まで編もうよ」
「で、でも!こんなの……」
「まだまだ寒いんだし、また休み明けてから新しいの作ったらいいじゃない。これは宿題として提出してさ。ね?」

 何も、最初から上手く出来るとは敦美自身思っていない。
 が、やはり悔しいという思いはあるのだ。
 といえど宿題の提出期限は待ってくれないし、また1から編み始める気力もない。
 結論として、瑞枝の提案通りにこれは宿題として完成させて、また今度新しくマフラーを編むことを決めた。
 教えてもらっている以上、あまり瑞枝に迷惑もかけたくない。
 さぁ気を取り直して、今日はもう少し頑張ろ!
 そう励ましてくれる瑞枝に笑って返事をして、敦美は再びマフラーを編み始めた。

 

 ……さて、その瑞枝はというと。

 ふふっ、大成功。ある意味あんなに凄いシロモノを解いちゃうなんて、勿体ないもん。
 敦美には悪いけど、絶対皆に見せるべき!
 それに2学期の家庭科のテスト、敦美ボロボロだったもんなぁ。
 どうやったらあんな風になるのかは想像つかないけど、先生の度肝を抜くこと間違いなしね。
 これで3学期は挽回出来る可能性が出てきたよ、敦美…!

 実は敦美に宿題として提出することを勧めていた裏側で、こんなことを思っていたりする。
 まぁしかし、結果として敦美のためになっているのだから、良しとしておこう。