「……なに、これ」
瑞枝が呆れるもの無理ないだろう。
何せ敦美自身、十分過ぎるほど呆れているのだから……。
敦美は今、冬休み中ということで出た、家庭科の宿題をしていた。
友達の瑞枝と一緒に、彼女の家にお邪魔をして。
義務教育も残すところ約1年となった彼女たちに出された宿題は、手芸。
何か冬休み中に作っておいで、ということである。
苦手な人は、タオルをミシンで縫って雑巾、でも構わないとのこと。
しかし時間をかけたり、手の込んだ物を作れば、その分点数は高くつけるという。
何とも休み明けに集まった手芸作品に、出来上がりの差が大きく出るであろうやり方だ。
前々から編み物をしてみたいと思っていた敦美は、それが得意である瑞枝に訊いてみた。
一緒に編み物をしてくれないか、と。
断られるかと思ったが、元々簡単なマフラーでも作ろうと考えていたため、瑞枝は快く了解したのである。
そしてマフラーを編み始めて今日で3日目。
敦美の――というより瑞枝の努力の成果が、ようやく出てきた。
なかなか編み方を覚えることが出来ず、一向に進まなかったのだが、何とか今日は順調のようだ。
黙々と編み続ける敦美に安心して、瑞枝も自分のマフラーに取りかかる。
これならば今日だけで20cmは編めるだろうか?
表から見ても裏から見ても編み模様が同じである、ガーター編みを教えた。
ひたすら同じ編み方であるから、慣れてしまえば比較的簡単だ。
それほど敦美は大雑把な性格でもないので、目を落とすこともないだろう。
――そう思っていたのに。
「……ある意味天才だよ、あんたは」
瑞枝ぇ…、と泣きそうな声を出されて、瑞枝は手を止めた。
目の前にはやはり今にも泣きそうな敦美。
一体どうしたのだ、と訊いてみれば、彼女は黙々と編んだマフラーを見せる。
思った以上に進んでおり、冬休みギリギリまでかかるかもしれない、という瑞枝の予想は外れそうだ。
そのことに喜んでいたのだが、一瞬自分の目を疑った。
確かに、確かに敦美のパープル色のマフラーはかなり編めている。
が、どう見ても長方形ではない。
つくり目は26目だった。10段近くまでは目も落とさず綺麗だ。
しかし、そこから明らかに両端から2、3目落としている。1段に1目ずつくらいだろうか。
更に驚くことに、落とし続けているわけではなく、5段ほど編んだ後はまた26目に戻っている。
それが3回ほど続いていた。
つまり彼女の編んだマフラーは、両幅がゆったりとした波型になっている、というわけである。
しかもこのまま編み続けても、延々とそれは続きそうだ。
考えてやっていてもすごいと思うが、彼女の場合無意識というか、こうなってしまったというか。
瑞枝がある意味天才だ、と漏らすのも無理ないだろう。
一方、上手く編めていないことに不満があるのは敦美だ。
目を落とさないように編んでいたつもりなのに、気付けば幅が細くなったり、元の長さに戻ったり。
「瑞枝…、どうしたらいい?やっぱまた最初からやり直し…?」
かなり集中して編んでいただけに、今から解いてしまうのは勿体ない。
しかし敦美が編みたかったのは、瑞枝が編んでいるような綺麗な長方形のマフラー。
本当に、泣きたくなる。
敦美は俯きながら、編み棒をマフラーから抜こうとした。
「あぁ〜、ストップ!」
が、それは瑞枝の声に阻まれる。
きょとんとしている敦美に対して、笑みを浮かべているのはもちろん瑞枝だ。
「せっかくここまで編んだんだし、最後まで編もうよ」
「で、でも!こんなの……」
「まだまだ寒いんだし、また休み明けてから新しいの作ったらいいじゃない。これは宿題として提出してさ。ね?」
何も、最初から上手く出来るとは敦美自身思っていない。
が、やはり悔しいという思いはあるのだ。
といえど宿題の提出期限は待ってくれないし、また1から編み始める気力もない。
結論として、瑞枝の提案通りにこれは宿題として完成させて、また今度新しくマフラーを編むことを決めた。
教えてもらっている以上、あまり瑞枝に迷惑もかけたくない。
さぁ気を取り直して、今日はもう少し頑張ろ!
そう励ましてくれる瑞枝に笑って返事をして、敦美は再びマフラーを編み始めた。
……さて、その瑞枝はというと。
ふふっ、大成功。ある意味あんなに凄いシロモノを解いちゃうなんて、勿体ないもん。
敦美には悪いけど、絶対皆に見せるべき!
それに2学期の家庭科のテスト、敦美ボロボロだったもんなぁ。
どうやったらあんな風になるのかは想像つかないけど、先生の度肝を抜くこと間違いなしね。
これで3学期は挽回出来る可能性が出てきたよ、敦美…!
実は敦美に宿題として提出することを勧めていた裏側で、こんなことを思っていたりする。
まぁしかし、結果として敦美のためになっているのだから、良しとしておこう。
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