069:片足

 真っ青な空、白い雲。
 褐色のグラウンドには白いラインと、生成り色のテントが並ぶ。
 少しばかり日差しがきつ過ぎるが、本日、絶好の体育大会日和である。



 これから行われる競技は、クラス対抗の二人三脚リレー。
 参加人数は男女4人ずつ、ペアの組み合わせは自由。
 とは言っても男女でペアを組むクラスはなく、3年2組も例に漏れず、第1・4走者が男子ペア、第2・3走者が女子ペアとなっている。
 そしてそのアンカーを務めるのが、駒田と塚本の2人。
 そろそろ招集がかかるからと、互いの足を括り準備をしていた。

「早いなぁ、もう準備しとんか?」
「つーか、気合い入り過ぎやろ」
「それより、2人とも暑くないん…?」

 招集場所ではなくクラスのテント内で既に括っている2人を見て、気合いの入りようにクラスメイトたちは少々近寄り難く感じていた。
 確かに中学最後の体育大会、人によって違いはあるものの、皆それぞれに思い入れがある。
 どの競技も真剣勝負、手を抜こうものならクラスメイトに冷ややかな目で見られる、という状況だ。
 しかし今は、少し動いただけで汗が噴き出すような暑さである。
 身体が密着する時間は極力短くしたい、と思うのは何も間違ってはいない。
 そもそも足を括るのは競技が始まってから、つまり入場してからで構わないのだ。
 恐らく招集場所で括っている生徒でさえ殆どいないだろう。

 ちなみに括る紐は、塚本が持参した物だ。
 大抵の者が手拭いを使用する中、それに比べると細く柔らかく、括り易い材質の布である。
 それを2人で、双方から思い切り力を入れて引っ張るように固く結んでいた。
 もう、これでもか、というくらい固く、固く。

「これで解けへんやろ!」
「そうそう、俺らのかたーく結ばれた友情のように、かたーく結んでるから大丈夫や!」
「ぅわ………」
「………あ、そ」
「暑苦しいっつーか、何か気持ち悪ぃ……」
「なぁ、この2人って、こんなキャラやったっけ…?」

 体育大会という雰囲気にあてられたのか、何やら駒田と塚本はいつもと感じが違うようだ。
 2人を囲んでいたクラスメイトたちは呆れ返り、中には引いてしまう者もいた。
 尤もそんな2人の雰囲気が功を奏したのかどうかは分からないが、圧倒的な差を付けて3年2組は1着となったのである。
 ゴール直後は抱き付いて喜び、その興奮によって息が合わず時折こけそうになりながらも、周囲に見せ付けるように足は括ったままの状態で退場した。
 そして競技前の2人の異様な様子を知っているだけに、驚きと喜びで沸くクラスメイトたち。
 また、このクラスは他の競技であまり良い成績を残していなかったこともあり、今現在1着となった唯一の競技だ。
 クラスメイトたちはアンカーを務めた2人を始めとし、二人三脚リレーに参加したメンバーの健闘を称えた。
 ………が、しかし。

「―――…解けへん」
「なにィ―――!?」

 喜びも束の間、2人の両足に固く結んだ紐が解けない。
 駒田のその言葉を聞いた塚本も解こうとするが、無理だった。
 2人が必死になって何かをやっている、と気付いたクラスメイトも寄ってきて、それぞれに頑張ってみるのだが、一向に解ける気配はない。
 確かに固く結んではいたが、細いロープや紐ではなく、あくまで手拭いのような布だ。
 手で結んだのならば、解けるはずなのだが……。

「あ〜〜、もう! このクソ暑い中、何でくっ付いてなきゃなんねぇんだよ! しかもヤローと!」
「同感や、どうせやったら女子の方がええし!」
「あぁ、悪かったなァ、男で!」

 幾ら頑張っても解けないということに加え、全速力で走ったことによる、茹(う)だるような暑さで更に苛立ちが募り、駒田と塚本は言い合いを始めてしまった。
 先程まで暑苦しいほどにくっ付いていたというのに、その喜びの溢れるような雰囲気はひとカケラもない。
 ――…おいおい、固く結ばれた友情は一体どこ行った……。
 周囲が2人のやり取りに少々呆れていたその時、

「―――――あ」
「おぉ…!!」

 向こうから、女子生徒が手を振りながらやって来る。
 容姿を見るとクラスメイトであり、その手には――…ハサミが握られていた。
 その姿を視界に入れた面々、中でも当事者である駒田と塚本はこう思っただろう。
 あぁ、救世主がやって来た、と―――――。





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元ネタ作成日は、07年7月…。
なんか中途半端な感じですが、これ以上膨らみませんでした;
1年ぶりに書き終えたモノがコレっていうのは、
自分の中でちょっと悔しい…(苦笑)