ダンッと思い切り地を足で踏む。
その時の形相は、色んな意味でかなり酷いものだったことだろう。
……運良く周りに誰もいなくて本当に良かった。もし声をかけられても何があったかなんて言えるわけがないし、それ以前に声が発せられないくらい頭はパニック状態で、尚且つ酷い息切れだったのだから。
―――そう、俺たちは何とか山を下り、日常≠ヨと帰還した。
恐怖の鬼ごっこには、終止符が打たれたのである。
「―――ッ、は…はっ……はぁ、……」
とにかく息が苦しい。今はこの息を出来る限り正常に整えることで精一杯だ。
隣をちらっと見れば、蹲って同じように息を整えている誠義の姿。さっきは余裕の顔で走っているのを見て焦ったが、どうやらキツかったのは同じだったようで、少し安心したのは内緒だ。
……そういえば、あのお札はどうなったんだろう。
何度か追いつかれる、と思いつつも、こうして無事に逃げ切ることが出来た。
ということは、もしかして誠義はどこかでいつの間にか落としてしまったとか、そんな可能性もあったりするんじゃないだろうか。そうだ、そんな気がしてきた。
考えてみれば、山から抜け出す少し前から、それまであった何かに追いかけられているというか、背筋が凍るような感覚がなくなっていた。
ならやっぱり、誠義はその頃にお札を落としたに違いない! あぁこれで恐ろしい祟りから解放される。よし、期待に胸膨らませて早速確認を……。
「やった、お札ゲットォ!!」
「……うん、やっぱそうだよな」
ババーンという効果音がつくんじゃないかと思うように、ぐぐっと伸ばされた誠義の手には、しっかりとあのお札が握られていた。
……俺の期待は、束の間の現実逃避でしかなかった、というわけか。
「なぁ、ソレどうする気なんだ…?」
「ん? そうだな〜…。まずは家に持って帰って、兄貴たちに自慢するだろ。それからぁ……」
「あー、もういい、とにかく持って帰るつもりなんだな、それが分かったからもういい」
「んだよ、英汰が聞いてきたんだろ、せっかく頭捻って考えてんのに……」
「……だって、もう関わりたくないし」
ポソリ、と呟く言葉は、俺の本音だ。
でも誠義はそんなことなど分かっていないのだろう。本当に、もう少し人の話を聞いたり、周りの雰囲気や気持ちに敏感になってもらいたいものだ。
「でもさ、これって普通の紙切れにしか見えねえんだけど。英汰どう思うよ?」
で、案の定お札を俺に見せ付けるように―――
「―――あ」
「え――?」
その時だった。あのお化けが、誠義の手からひょいっとお札を取ったのは。
俺は呆けた声を漏らし、そんな声を疑問に思ったのだろう誠義も、俺の視線の先へと首を動かす。勿論そこにいるのは、お札を持ったあのお化けだ。
そうしてソレは、誠義を見て「ヘッ……」と蔑んだような笑みを見せた――…気がした。
「あ゛ああぁぁぁ〜〜〜!!」
自分の手からお札が消えていると誠義が気付いたのは、たっぷり10秒後。
お札を奪い返したお化けは、一体どこから出ているんだと思うような奇声に気を取られることなく、余程嬉しかったのかスキップをしながら――いや、実際は脚もないのだから有り得ないのだが、そんな風にしか見えなかった――再び山の奥へと消えて行った。
突っ立っていても仕方ないと、どちらからともなく帰ろうということになり今は歩いている。
……少し、さっき起こったことを振り返ってみる。
誠義が持ち出したお札を取り返そうと、あのお化けが追いかけてきた。山奥にある神社にいたモノだ、きっと山を下りてしまえばもう追ってこないだろうと思って必死に走っていたが、どうやらその予想は残念ながら外れていたらしい。
俺たちが逃げ切れたと安堵し気を抜いていたところを狙って、木々から姿を見せたお化けはいとも簡単にお札を再び我が手にしたのだから。
それにしてもアレは一体何だったんだろう。本当にお化けや幽霊の類なのだろうか。お札のことを考えると、それを護っているモノ、と考えるのが妥当な気はする。
―――ま、今となってはどうでもいいことだけど。
ちなみに誠義はというと、お札を持って帰れると思っていただけに腑抜けてしまっている。何とか歩いてはいるものの、声をかけても生返事しか返ってこない。
まぁ自業自得だ、俺の話も全然聞かなかったし、これで自分の言動を少しでも見直してくれたら万々歳、というものだ。
とにかく、こうして無事に家路につけることの喜びを噛み締めて、鼻唄でも歌うことにしよう。
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