081:ハイヒール

 あと1ヶ月もすれば、4月。
 とうとう私ももう直ぐで2年生。
 高校に入学して、早くも1年近く経った。
 つまり吹奏楽部に入部してからも1年近く経ったってこと。
 私が専攻しているのは、クラリネット。
 クラリネットは私と3年生の真琴先輩の2人だけだった。
 尤も、人数の少ない我が吹奏楽部では、その他の楽器も1人もしくは2人ほどだけど。
 今日は毎年恒例っていう話の、吹奏楽部内での送別会。
 毎年卒業式が終わって1週間くらい後に、3年生の先輩に来てもらって送別会をするんだって。
 ……あ、もう卒業しちゃってるから、真琴先輩は『3年生』じゃないんだっけ。
 部活を引退してからも、先輩は時々練習を覗きに来てくれて、アドバイスしてくれた。
 すごく上手くて、恰好良くて、優しくて、入部してからずっと憧れてて。
 真琴先輩みたいになりたい。先輩に、追いつきたい。
 ずっとそう思ってた。
 もう直ぐすれば新1年生も入ってくるから、下手なところを見せたくないっていうのもある。
 新1年生でクラリネットを専攻する子がいたら、最初は私が教えなくちゃいけないっていうのもある。
 先輩が卒業しちゃったから、クラリネットは私1人しかいない。
 だから、どうすれば先輩みたいに上手くなれるんですか、って訊いたら。
「そんなの、教えられるわけないじゃない」
 にっこり微笑んで、そう言われてしまった。

 

 

 

 呆気に取られた私は、口をポッカリ開けたまま、真琴先輩を見つめる。
 いつも訊ねたことに対して優しく答えてくれるから、余計に驚いてしまった。
「ねぇ、詩織ちゃん」
 そんな私に先輩は、さっきの笑顔そのままでこう言った。
 焦る必要はないよ――って。


 例えば…、階段上ってて、2段飛ばししたり急いで上ったりして、途中で躓いちゃったらどうする?
 そこから一気に下まで落ちちゃったら…?
 今まで一生懸命上ってきたのに、頑張ってきたのに全部パァになっちゃうでしょ?
 そんな危なっかしいことするより、1段1段ゆっくり確実に上った方がいいと思わない?
 それに背伸びする必要なんてないんだよ、きっと。
 私だって、1年生の時はド下手だったもん。
 でも、絶対上手くなってやるんだって、頑張って頑張って…。


「やっぱ、上手くなりたいなら練習しかないでしょ!」
 ビシッと人差し指を、私の顔の前に立てる。
 教えられない、なんて言ってたけど、ちゃんと先輩は教えてくれた。
 ……そうだよね。
 自分で頑張らないと、上手くなんて絶対なれないよね。
 当たり前のことだけど気付けなかった私と、気付いていた先輩。
 たった2つしか離れてないのに、見えない距離はこんなにもある。
 先輩と並ぶことは無理かもしれない。
 でも、この距離をどれだけ短くできるかは、きっと私次第。
「大丈夫だよ、詩織ちゃんならきっと上手くなれる。努力家だもん」
 誓いをするように「はい!」って言ったら、先輩は「それでこそ私の後輩だよ!」って返してくれた。
 ちょっぴり、大きくなれた日。