昨日から降り続いている雨は、止む気配を見せない。
豊かな生活を送るためには雨水は大切なものだが、それでも定住先のない俺たちからすれば、あまり嬉しいものではなかった。
「靴紐が切れると縁起が悪い、って聞いたことある?」
何をすることもなく、宿の窓から雨の降る外を眺める。
そうしてアイツの帰りを待つ間、彼女は突然そんなことを口にした。
「……靴紐、ですか? 初めて聞きますけど」
「ジンクスの類みたい。昔、義姉さんに教えてもらったのを思い出したの」
そんなことを言われれば、思わず彼女の足下に視線を向けてしまう。
視界に入るのは、見慣れたブラウンのショートブーツ。
尤も、履いているのは右足だけという、アンバランスな恰好なのだが。
話は一刻ほど前に遡る。
この宿に一泊した今朝方、隣の部屋を利用していた彼女が扉を叩いた。
『あ、キサラさん。おはようございます。早いですね、もう準備出来たんですか?』
既に宿を後にする準備が整ったのか――。
そう問うたのだが、返ってきたのは否定の言葉と、自分の足下を指差す動作。
促されるように視線を動かすと、彼女の左足のブーツの紐が切れてしまっていた。
紐で編み上げるタイプのため、辛うじて甲の部分だけで履いているという感じだ。
話によると、ブーツを履き紐を結ぼうとした時に、ブチッという音と共に切れたらしい。
このブーツでは歩くこともままならない。
ならば宿を後にし、まずは新しい靴を買いに行こう。
となるのが普通の流れだと思うのだが、そうはいかなかった。
彼女が新しい靴を買うつもりはない、このブーツを履き続ける、と言ったのだ。
つまりは靴を新しく買うのではなく、新たな紐を買う、ということ。
結果、この雨の中で不安定な靴を履いて出かけることは難しい……。
そう判断し、左足のブーツと切れた紐を持って、それに合う紐を探しに出ることになった。
そうして今は、その役を担ったアイツ―――エフィシウスの帰りを宿で待っているというわけだ。
「ね、レンくんはジンクスとか占いとか信じる方?」
「あまり信じないですね…。まぁ、根拠があれば別ですけど」
「そっか…。私は何の根拠がなくても、直ぐに信じちゃうんだよね。子どもみたいでしょ」
そう言って、歳相応には見えない顔を自嘲の笑みで崩した。
恐らくその言葉の真意は、年齢には似合わずとも、外貌から見ればさほど違和感はないのかもしれない、ということなのだろう。
自他共に認める…、などと口にしてしまえば怒られそうだが、彼女は実年齢よりも幼く見える。
コンプレックスとまではいかないが気にはしているようで、時折こうして肴のようにして話すことがある。
「でも……」
「?」
「信じるっていうより、信じたいのかもしれない。そうして何かに縋って、依存していないと……」
「キサラ、さん…?」
少し俯くようにして話すその表情は、どこか哀しそうで。
……どこか、今にも毀れてしまいそうな、脆さのようなものがあった。
「……ぁ、あの…」
「―――ごめん、何かしんみりしちゃったね。特に深い意味はないから気にしないで」
だが、その表情も直ぐに消えてしまう。
それが意図的なのか、そうでないのかは俺には分からない。
ただ言えるのは、このことに対してこれ以上訊くのは利口ではない、ということ。
あの毀れそうな危なげな空気はなくなったのだ、それを無理に蒸し返す必要などない。
……よし。
滅多にない2人きりの時間なのだ、彼女をたくさん笑わせよう。
アイツが帰ってきた時に、一体何の話をしてたんだ、と気になるくらい、楽しい話を。
彼女が笑って、アイツが怪訝な顔をする……。
それはある意味、俺にとって一石二鳥なことなのだから。
* * * * * * *
短いうえにファンタジー……。
これではどんな話かサッパリだと思うので、
興味のある方は更新日のblog参照でお願いします。
とはいっても、簡単な人物設定等しかないですが(苦笑)
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