幻の光 |
まず心に留めていてほしいことは、これから記す話は決して空想のものではない、ということである。 実際に私が見た、聞いたことなのだ。信じられないと思うが……。 加えて、私は元々あまり文章を書くことが得意ではないので、読みにくい、または想像しにくい箇所があるだろうが、その辺りは大目に見てほしい。 それではこのページをめくり、我々の国の姿を感じ取っていただこう。 皇帝であった私は、正直困り果てていた。もう何も打つ手がなかったのだ。 自国は先代皇帝から、内乱が起こっていた。 事の原因は大飢饉による食糧不足。 しかし今では最初に起こした者たちは半数にも満たない上に、なぜ内乱が起こっているのか知らない者たちまで参戦している。 私が止めようと言っても、誰も耳を傾けようとはしない。数年後には、本当に国が滅びてしまう。 私には何も出来ないのか……。 そう思っていた頃のことである。城に、一人の小女が現れたのは。 「き…君は……」 漆黒の服を身に纏い、それがそこから覗く、雪のように白い身体をより一層白く見せた。 まだまだ小女という言葉が似合う、可愛らしい娘である。 思わず私は、疑問の声が漏れた。 彼女に返事を求めたわけではなく、ほんの呟いた程度の声の大きさだったのだが、真っ直ぐな瞳で私を見据えて口を開いてくれた。 「…私はこの戦乱を鎮めるために生まれた者。そして、そのためにここに参りました」 私には息子、娘共に一人ずついる。 二人とも幼い頃はとてもやんちゃで、手に負えなかったが、もう直ぐ成人するという今では、皇子・皇女という名に相応しいほどにまで成長してくれた。 年齢は恐らく最愛の子供たちの半分ほどであろう。しかし全く同じ、芯の強い瞳をしている。 だからと言って、この小女を初めから信用出来るはずがなかった。本当にこんな幼い小女に鎮めることが…と疑う心は膨れていくばかり。 ところがだ。 急に手を握られて、一体何なのだろうと思っていると、小女が眼を瞑った。 それはまるで、祈りを捧げているかのように。 すると何故か今まで心の奥底にあった何か≠ェ消え、心がとても軽くなったのだ。 恐らく、その何か≠ニいうのは、私の戦乱に対する暗く重い気持ちだったのだろう。 私が突然のことに驚き、小女を見詰め返すと、優しく微笑んだ。 「私の言っていること…理解していただけましたか? 私が祈れば、皆の心から戦乱のことを思う気持ちを、全てとはいきませんが拭うことが出来ます。皇帝様は、その時に皆に今のお気持ちを伝えてください。そうすれば、きっと……」 信じてみるのもいいかもしれない。 やけになっていたわけではなかったが、その時の私は誰かを信じたいという思いを欲していたに違いない。 幼い小女に、一国の王である私は敬意を表した。 そして翌日早朝、そろそろ全ての者たちが目覚めるという頃に、小女は祈り始めた。 城のベランダ――私の自室である――に出ると、膝を地に付け、組んだ手を顔に近付ける。そして私も屈み、小女の肩を支えた。 昨晩、小女は私に祈りを捧げる間、身体を支えていてほしいと頼んだ。 今の私に出来ることは何でもしようと思い、快く引き受けたのだが、実はそれはただ支えてほしいだけの理由ではなかった。 ただただいつもと変わらぬ時間だけが過ぎていくと思われた時、手を通じて頭の中に何かが流れ込んできたのである。 こんなことをしても意味はないと分かっていたが、思わず眼を閉じた。 頭の中で広がるのは、緑豊かな世界。心が軽くなり、何故か幸せな思いが溢れそうなくらいだった。 ――これが…この小女の力…? 後に国民にこの時の話を聞いたところ、私が見た風景が、皆の頭の中にも流れてきたと言う。 一体この小女は何者なのだろうと言葉が頭を過ぎったが、直ぐに自嘲の笑みを零した。初めて会った時、彼女がこの戦乱を鎮めるために生まれた者だと言っていたことを、思い出したからである。 それからどれほどの時間が経っただろうか。少しずつ城付近に国民が集まってきた。 私は小女と顔を合わせ、口を開く。今まで誰も耳にしてくれることのなかった思いを、皆は受け入れてくれた。 戦乱は終わったのだ。 今までの苦労は何だったのかと思うほど安易なものではあったが、確かに終わった。 「君の名前を、聞かせてくれないか?」 何かに書き残しておきたかった。この国を救った小女の名を。 初めは躊躇っていたようだが、ゆっくりと口を開いてくれた。…しかし。 「―――――」 運悪く、小女が言った瞬間突風が吹いた。運が悪かったと言うよりは、まるで意図的のように感じたが……。 「え…、よく聞こえない……もう一度言ってくれないか?」 私がそう尋ねても、答えてくれぬまま振り返って微笑み、そして風と共に姿を消した。 瞬きをした、ほんの一瞬。 それからあの小女は幻だったのではと考えたこともあったが、今こうやって平和に暮らしているのは現実である。 嘘偽りのない、事実。 ただ、こうも簡単に止められたのならば、何故もう少し早く現れてくれなかったのか、と思う。そうすれば、多くの死者を出さずにすんだはずだ。 ……いや、今更こんなことを言っても仕方ない。 あの名も知らぬ小女がいたからこそ、この国は生き返ったのだから……。
|
2004.9.7 「larme」top |